29. 「姉貴、だから葵は旅が終わったら帰って来るってぇ。連絡だってちゃんと取れてるんだし。 息子たちだってここにいるんだぜ? 姉貴の早トチリ、妄想がすご過ぎっ!」 「あ・の・ね、女を舐めンじゃないわよ!あなた葵さんが突然今回旅行に出ると言って家を出たとでも思ってるの? そう本当に思ってるならどんだけ天然のアホかと思うわ。 フンっ!] 「それ、どういうことだよっ?」 「彼女は何年も前から出て行く準備をしてたってこと。 チャンスが巡ってきたらいつでも出て行けるようにね。 旅行って言って出て行ったのは新天地で上手く暮らしていける地盤を見つけられなかった時のための保険ね、きっと。 しかし、そう考えると葵さんなかなかやるジャンねぇ?] 「分かったから、姉貴もう帰ってくれ! トンチンカンな妄想で俺を不安にさせようと煽るのはよしてくれ。ささっ……帰ったかえった」 追い立てる仕草で姉を家から追い出した。 時には頼りになる姉だが、何かにカチリと嵌るとトチ狂うウザイ姉だ。 姉の妄想予測に少し心を動かされそうになったが、妻が出て行くならもっと何年も前だろう……小さな胸騒ぎを抱えつつも、俺はそう自分を納得させた。 姉には葵と連絡だって取れてると言った。 1月の初めに出掛けて約1ヶ月経った頃、俺の方からしたメールに2回程、確かに返信があった。 信州方面から北海道まで足を延ばして、その土地その土地で短期の逗留をして、自然の中での生活を満喫していると書いて寄越している。 が、今のところ葵からのメールは一切ない。 今まで浮気相手にバンバンメールでのやりとりをしたことはあったが、思い起こしてみると、妻の葵とはほとんど業務連絡のようなメールしかしたことがないことに気付いた。 俺が外から妻にメールをして、会話を楽しむようなことはなかったし話なら大抵葵は自宅にいるので家で話すからメールでのやり取りは不要だったのだ。
30. そして更に、例え妻が遠方に行ったからといっても1日に何度もどころか1ヵ月あっても2回のメールしかできない自分に気付いてしまった。 しかも姉の美咲との言い合いで気付いたくらいで。 今のいままで何も思うことなく過ごしてた。 葵が帰って来ないかもしれないって? 何だ、それっ……。 不安を煽ったりしてきた姉に本気で腹が立ってきた。 何で今更……。 いや、実際友人たちも今更なアラ還になって皆奥さんに出て行かれてるじゃないか! 俺は昨年の春先にした宣言で今までのことを全て葵が受け止めてくれたと思ってしまっていたけれど……。 イヤイヤ……小さな不安を捻じ伏せて、俺はそんな突拍子もないことを、と姉の物言いを小馬鹿にして封じ込めた。 その内、楽しかったぁ~って元気にここへ、俺の元へ帰って来るはずだ。 そう願いつつも、葵が旅行に出る前にひと悶着あった小野寺祐子のことが頭に浮かんだ。 小野寺のことはあのまま黙ってやり過ごした方が良かったのかもしれないと今更だが少し後悔していた。 あの時は後から小野寺もしくは他の誰かから知れたらそれこそ修羅場になると思い、正直に話したのだが。 付き合い自体、もう過去のモノなのだし。 今回のニ度目の旅行、1ヶ月過ぎても一向に帰って来る気配のない妻の行動は、もしかしたら凸事件簿も多少は関係しているだろうか。 脛に疵を多く持つ身なので、流石に姉貴に葵は帰って来ないと断定された今、じわじわと胸の中に不安が押し寄せてくる。 あまり小さな男と思われるのもイヤだ。もう1ヶ月様子見をして、それでも帰って来なければ詳しい住所を聞いていちど会いに行ってみようと思っている。 しかし、息子たちが妻のことに関してうんともすんとも言わないのはどうしてなんだぁ~? 結婚してから妻とこんなに離れて暮らすのは、初めてで正直寂しい。 俺は外で好き勝手して午前様で帰ることもよくあったけれど家には妻の葵がいつもいるのが当たり前過ぎる生活だったからなぁ~。 何とも侘しくて心許ない心情だ。 年のせいだろうか?
31. ともかく、自分は今まで散々好き放題してきたのに漸く自由を自分の時間を持てるようになって自由を満喫するために旅立った葵に、早く帰って来いだとかどうしてるんだとか、ちまちましたことは言いたくないのが本心だ。 デーンと構えて帰って来た時にCOOLにカッコ良く出迎えたい。 そんな体裁ばかり気にしてじっと待っていたのだが2ヶ月を過ぎようかという頃になっても葵が帰って来る気配はなかった。痺れを切らした俺は彼女の暮らしている町へ行ってみることにした。 心情的にもうカッコ付けてる場合じゃなくなっていた。 自分の中でもしかしたら姉の言っていたように葵が帰って来ない片道切符で出掛けたのでは? と多少なりとも思うようになっていたから。 いちども葵の方から近況等についての簡潔なメールさえ来ないのだ。 それについても不可解だった。 何らかの意志でもって、俺に近況のメールさえ送って来ないのではないか。― 西島と葵の畑交流 ― 西島さんの畑仕事は玄人跣(くろうとはだし)に見える。 本を読んだり、畑を耕している先人たちとの交流を広げたりと自らも学び、そしてまたいろいろと教えを請うてきたようだ。 私の場合、室内やベランダでちょちょいとプチトマトあたりを育ててみる、みたいな感覚でやれればいいなぁ~と思っていたので、西島さんからほんの少し間借りできたのはLuckyだった。 それに私が畑に行くと2回に1回の割合で西島さんがいるので先生(←栽培の先生)もすぐ側にいて更にLucky感が半端ない。 美しい自然に囲まれた静寂の中、身体を動かすって何て素敵! 開放感が半端ない。 会話するにはもってこいなのだ。 レストランや喫茶店のように飲食店等で向かい合っているのとは断然違う心地良さがある。 気持ちの持ちようが違う。 他者と向き合う時にそれは異性であれば特に……。 まず、沈黙する時間に気まずさがない。 最初の頃は、私が分からないことを聞いて教えてもらうくらいの会話だったけれど、今は結構くだらないことも話す。 もっぱら無口な西島さんは聞き役なんだけどね。 世代が同じなので古(いにしえ)の芸能人だとか政治家アスリート、様々な分野で活躍していた人たちの話をしてもあ・う・んの呼吸で通じるのが心地よい。 昔のアニ
32. 西島さんは、こちらで仕事がある限りは8年後の60才まで働いて年金満額受け取れる65才までは残り5年あるけれど貯蓄もあるし、畑もあるのですっぱり引退して残りの人生は自然と共にこの美しい町で老いていきたいと語った。 何かあった時のためのお金ももうすでに準備してあるそうだ。 息子さんがひとりいるのでどうにもならなくなったときにはどこかの施設にブチ込んでもらえるように……とのこと。 まぁ、足腰鍛えて食事と健康に気をつけて夜寝ている間にでもそっと自然死出来れば理想的だがね、とも言った。 ほんとに誰にも迷惑かけずにそっとあちら側に旅立てたらなんて、生きてる人たち皆の願いだけど。 そんなにあっけなく逝ける人の方が稀だから……。 産まれてくるのも、死にゆくのも独りは同じだけど死んでいくときの覚悟は、半端ないでしょうね……なんてことを私は言った。 「ほんとに……大往生出来るといいのに」と西島さんが応えた。 こんなやあんな、ポツリぽつりと話す男女50代の会話にロマンスの香りはない。 だけど、夕暮れ時まで週に何度かいろいろな話をしながら一緒に作物を愛でる作業は楽しかった。 イチゴやプチトマト、キュウリに茄子とすぐに取り掛かれるよう苗を譲ってくれたので西島氏のお陰でホントに苦労知らずで野菜作りを謳歌することができた。 真夏に向けてどんどん日差しも厳しくなってきたので畑のお礼も込めて広くて大きなツバの付いた日除け帽子を西島さんにプレゼントした。 ちょっと恥ずかしいけど、自分用にも同じモノを買った。 同じ畑に同じ帽子を被る男女、となれば夫婦に見えるよね?などと、つまらないけどプチ楽し気なことを妄想しながらイチゴに水遣りするのも楽しきかな。食堂や通訳の仕事、畑での野菜作り、そしてコウとのLove Loveな生活に慣れてきた頃、珍しく夫から連絡があった。
33. 家を出てすでに2ヶ月が過ぎていた。 「いつ頃帰ってくるの?」 『う~ん、まだ当分帰らないわ』「いやいや、いや。 旅行長過ぎだろ、はよ帰って来なさい」 『いやいや、いや。 楽し過ぎだもん、まだ帰りませんよぉ~』 「じゃぁ、何時頃帰って来れそうかだけでも教えといて!」 『ごめん、決められないわ』 私の優柔不断な返信のあと、夫からのメールはしばし途絶えた。 少しして、再度のメールがきた。 「もしかして、帰って来ないつもりじゃないよな?」 『こちらにずっと住みたいの』 「いちど、そっちに行くわ。居場所、教えて」 『え~っと、もう少し先じゃだめかな?』 「はやく教えろよ……はよ」 返信しないでいると、またまたの着信有り。 どうしよう! こっちに来られてもねぇ~ 困るぅ~。 「もしもし、何してんの? 住所教えて! 何拒否ってんの? 帰って来ないって、どういうこと?」 帰らないと言う私にガンガン攻めてくる夫。 今まで2度の挨拶程度の余裕の? メールしかして来なかった 夫のいきなりの『帰って来ないつもり?』なんていう、急を告げる メールに驚いた。 びっくりはしたものの……。 やっとですか。 やっと2ヶ月も過ぎて、私が帰らないかもと思い至った のですか。 遅すぎるような気がするのは私だけ? ほんとは居住地のことも言わず、蒸発してしまう家出人のように 連絡取るのを止めてもいいかなぁ~とも思ってたけど まぁ、息子たちの将来のことも考えると逃げているわけにも いかないかなと思い、進んで連絡はしたくなかったけれど こうなったら、しようがないかと夫に住所を教えた。 土曜の午後に着くからと連絡があった。 私はその日通訳の仕事が1本入っていたのでキャンプ場で 待っててくれるようにお願いした。 用事(ほんとは仕事)があって19時頃迎えに行くからと。 「じゃぁ、早く行っても待つだけだから17-18時間頃 到着するように行くよ。」と夫から返信があった。 あーっ、頭が痛くなってきた。 夫が来るって、これって迎えに来るってこと? 迎えに行くとは言われてないけど……。 まだここでの生活は2ヶ月と少し、地に足をつけて
34. 私と西島さんが畑でバッティングすることは最初の頃は 約束している日以外はあまりなかった。 育ててる野菜の種類も量も全然違っているし、お互いの勤務時間も 違ってるから当たり前といえば当たり前なんだけど。 でも仲良くなるにつれて、私の方が西島さんの畑に来る時間帯を 聞いて、30分でも20分でも畑で会えるように時間調整するようになった。 他にも畑をしている人はいるようだけど、案外その他の人たちにも ほとんど会わないのだ。 独りがいい時もあるけど、いつもひとりはちょっと寂しいので そうするようになった。 もっぱらしゃべり倒しているのは私だ。 西島さんは私のどんなつまらない話かけにも 相槌をくれたり、返事をくれるので話やすい。 時々、うざいBABAぁ~だなんて思われてたらどーしようって 思わなくもないけれど。 だってねぇ~。 家に帰れば独りなんだしぃ……って、コウがいるから ボッチじゃないし、コウとの時間もなかなかまったりできて 素敵な時間ではあるんだけれどもね。 しかしぃ、コウは話ができんからね。まっ、話せないからそこがいいっていうのもあって…… とかなんとか、、グタグタに自分勝手な妄想を呟いてみる。 先日畑の近くで仔猫を拾ったのでコウと仔猫のミーミを 畑に一緒に連れて来ることもあるし、2匹でお留守番させる こともある。 やっぱり一匹でのお留守番は可哀想に思うけど、2匹だと 残して出かける方も何か安心して出掛けられるのだ。 ミーミは畑に来ると西島さんにすごく甘える。 男の人が好きなのか、はたまた、西島さんだからなのか。 聞けるといいのだけれど。 畑は西島さんの家のすぐ側にある。 私の家からは徒歩で12~3分かかる。 借りている畑の使用料は一円も受け取っていただけてないので 時々、おかずをタッパーに入れて差し入れすることにしている。 私は大抵、自転車で畑まで行ってる。 車もほしいけど、もう少しここでの生活に馴染んでからと 思ってる。雨の日が大変だからねえ~。 キャンプ場での仕事場まで雨の日はカッパ着用で通ってる。 この年になってカッパ着て自転車に乗る日がこようとは。
35. 車がない生活は、重いモノやまとめ買いする時に不便なのと 話したら、西島さんが時間のある時に車を出してくれるように なった。 遠慮しないといけないのだろうけれど、やっぱり自転車だけでの 買い物には限界があって、甘えることにした。 何だかいろいろとお世話になりっぱなしで、申し訳なく思っている。 今のところ、私からのお礼は食事を作ることぐらいしか思いつかず できる限り、手料理の配達《届けること》を頑張っている。 いつの間にか気が付くと、西島さんと一緒に居る時間が 増えていた。 今は甘えさせてもらっているけれど、やっぱりね 恋人っていうわけでもないのだから、遠慮心《えんりょしん》が 半端無くあるのよね。 何度目かに車を出してもらった時に、早く車も買わないと…… と思ってしまった。 夫と暮らしていた時には、車があるのが当たり前の暮らしだった なぁ~と思い返すと共に、独り暮らしになった実感をひしひしと 感じるのだった。 独り暮らしで車を持つということは、思ってた以上に大変なことと 再認識したのだった。 西島さんとは野菜の育て方について話したり、息子同士が 同級生なので息子たちの昔の話や近況等、話すことがある。 奥さんが病死したあと、すぐに医院を畳んで昔から念願だった 田舎暮らしがしたくて、ここに来たということも。 私は西島さんと親しくするようになってからよく思う。 西島さんは結婚してから奥さん一筋でいたのか? 一度も余所見したことはないのだろうか? 私は夫との長年の暮らしから男性不信になってしまっていて そのトラウマたるや、すごいものがある。 誰を見ても、この人の良さそうな男(ひと)も外面は善人ぶってる だけで、きっと奥さんに隠れて浮気の1つや2つ、しているに 違いないって思ってしまう。 自分の息子たちにさえ、心中は複雑。 こんな事、彼らには絶対言えないけどね。 だから息子たちに対して、早く彼女を作ったら?とか、結婚したら とかって、勧めるなんてことは考えられないっていうか…… 不幸な女性を増やしそうで。 出来れば、息子たちには一生独身でいてほしいとさえ思ってしまう のだ。 夫が犯してきた行為は、これほどまでに私の精神を壊すほどの 破壊力があ
36. 確かに夫にアプローチされ真摯な態度でプロポーズされた時 君だけを一生かけて愛します、とは言ってもらってはなかった けれど、好きだよこれからずっと仲良くしていこうねって 言われて、これからずっと私と一生仲良しで添い遂げてくれる ものと思ったことは間違ってないよね。 『Would you marry me? 』『Sure!』だって、普通は結婚するってそういうものでしょ? 結婚して仲良くしていこうね、だけど他の女性とも仲良くする けど……って正直に本心を言ってくれてたら、絶対夫と結婚 しなかった。 夫の兼ねてからの浮気の仕方を見ていると絶対確信犯だからね。 たまたまとかいうような、なまやさしいものじゃない。 私は 付き合っていた頃から…… プロポーズされた時も…… 結婚式を挙げた時も…… 子供が出来た時からも……ずーっと、嘘つきな夫に騙されてたのだ。 私はまだ子供たちが小さかった頃から、夫の以前からの確信犯的浮気に 思いを馳せる度、この考えが頭の中でループし始めると、呼吸が苦しくなるほど 精神状態がおかしくなるのだった。 だけど、その時の自分にはどうすることもできなくて そのうち、頭も胸も苦しくなって……そんな夜を幾つ経験したろうか。 自宅を出て夫から離れ心機一転新天地で前向きに暮らしていても このような過去に受けたトラウマやそれに伴う様々な感情の ループから逃れられない。 どうすればこの負のループから抜け出せるのだろう。 いつも負のループに嵌る度、私はその場所に呆然と立ち尽くす 自分に気付く。 そして思うのだ。 何とか私は今日という日まで生き長らえてきたのだけれど よくもここまで生きてこれたなぁ~と。 そして又、来ていない明日のことを考え、生きていけるだろうか? と不安になる。 他の人たちはどんなことを想いどんな気持ちでまだ来ぬ明日のことに 思いを馳せるのだろうか。 それとも、まだ来てもいない明日のことなど、そこまで大真面目に 考えて生きてはいないのだろうか。
67(番外編) お互いの気持ちを確認し合ったことで葵は前にも増して軽やかに西島と接することができるようになった。 自分の気持ちに素直に……。 心の中で毎日『大好きです』の言葉を西島に送るようになった。 日によってそれは『大好きっ』だったり『大好きなんです』だったり、『何でこんなに好きになっちゃったんだろう』だったりその時々の気分で変わる。 ◇ ◇ ◇ ◇ 程よい距離感で付き合って3年の月日が流れた。 西島さんへの好きの気持ちはちっとも減らなかった。 一緒に暮らすことの怖さや不安よりもたくさん側にいたい気持ちの方が勝るようになっていった。 七夕の日に『西島さんの奥さんになりたい』と書いて、差し入れのおかずを入れた容器の上にカードを貼り付け、袋に入れて何も言わずに西島さんにいつものように手渡しした。 いつもだったら次の差し入れ時に、洗ってある前の容器を受け取って帰るのだけれど、今回は翌日の朝一番に西島さんが家まで届けてくれた。 「ご馳走様! おいしかった。」 いつもの笑顔で西島さんはそう言ってくれた。 早朝届けてくれた容器を紙袋から取り出すと、わたしが願い事を書いた短冊の裏側が同じように貼り付けられていた。 そこには西島さんからのメッセージが書かれてあった。―― もう僕は3年前から願っていました。 こちらこそ、僕の奥さんになってください。―― たった2行だけれど、そのメッセージが私に 最高の幸せを運んでくれた。 ずっと待っていてくれた西島さんも私の願いを読んだ時今の私と同じように幸せを感じてくれたろうか!「じゃあ、行って来ます」「わざわざ届けに来てもらってありがとう! 行ってらっしゃい」 私をもういちど振り返り、西島さんは職場に向かった。 ―――― Fin. ――――
66『大好きな男性《ひと》と結婚して奥さんになって、楽しくて幸せな家庭を作るのが私の夢だった。 きっと女性なら皆《みんな》そうだと思うけど。 本気で向き合ってもらえてるんだぁ~って、再確認できて本当にうれしく思います。 ただ、元夫との長い結婚生活でかなりの人間不信になってしまってちゃんとした夫婦で居続けるということが……信じ続けるっていうのかなぁ、上手く言えないけど……人間社会での生きていく上での約束事にもう縛られたくないっていうか。 裏切られることが怖いんだと思うの。西島さん、私はあなたのことが好きだしずっと側にいて仲良くしていきたいのでこれからも宜しくお願いいたします。 プロポーズ、お受けします。 私も遊びなんかじゃないです。でも、仲の良い友人、恋人、この関係のままがいいような気がするので……どうでしょ?だめですか?』 「やっぱりね、そんな気がしてた。でも気持ちの上でのプロポーズは受けてくれて、ほっとしたよ。 こちらこそ、ありがとう。今の関係でこのまま仲良くしていけたらよいね。 でもいつか、君の中で入籍をしたいと思う日が来たらその時はちゃんと僕に言ってほしい」 『ありがとう、そうします』 今日は西島さんから私たちの気持ちを確認するようにリードしてもらってうれしかった。 私への気持ちが本気だと言われて、やっぱり女性として感激してしまった。 心から甘えられる恋人がいるって最高。 こんなおばさんになって、素敵な出会いが2つも訪れるなんて自棄を起こさずに生きてきて良かった。
65 . 番外編 毎晩、葵は僕に『大好きだよ涙が出るほど』って言うんだ。 そして、やさしく撫でてくれる。 ミーミがいつも『私は? ねえ、私は?』って葵に言う。 そしたら葵は『いい子だね、可愛いね、ミーミおいで~』ってミーミを抱っこするんだ。 にゃぁー『どうして大好きって言ってくれないの?』ってミーミが泣く。 僕は葵にとって特別な存在らしい。 葵の手はやさしくて、暖かい。 僕も葵が好きだ。 『にゃぁー』ってミーミが泣くと、僕はミーミのことをたくさん舐めてやって『いい子だね、大好きだよ~』って言ってやる。 そしたら、ミーミは落ち着くんだ。 最近、西島っていう人がちょくちょく家に来るようになった。 仲良さそうにしているけど、葵が西島さんに『大好きだよ』って言うのは、まだ聞いたことがない。 もしかして、どこか余所の場所で言ったりしてないだろうか! ◇ ◇ ◇ ◇ 「質問と言うか、提案と言うべきか君と意思確認しておきたいと思うことがある」 西島さんはそう言ってきた。 たぶん、あのことだと思った。 真面目な彼のことだからきっと……。「君との付き合いは遊びじゃないから、それをちゃんと証明する意味で確認したいことがあるんだ。 君さえOKなら、入籍してもいいぐらいには本気だ、君とのこと」「ありがと、そう言ってもらってとってもうれしいぃ~。 それって、プロポーズだよね? 違ってたら恥ずかしいけれど』 「いや、違ってなんかなくてその通りなんだけど。あぁ、今更この年で恥ずかし過ぎて、直截的な言いまわしは使えない……と言うか、断られるような気がして。 お伺いのような聞き方しかできないでいるのが、正直なところかな。 君も僕と一緒で遊びでこういう付き合いのできる人だとは思えないけど……でも、結婚を望んでの関係じゃないような気もするしで、できれば君の思っている気持ちを知りたいっていうのが一番。どう? 僕の勘は当たらずとも遠からずではない?」
64 (最終話) 普通は離婚したことなんて誰も進んで言いたがるようなことじゃ ないよね? だけど、私は気が付くと畑に向かって走っていた。 実際は自転車に乗ってたんだけども。 気持ち的には、自分の足で走っていたのだ。 とまれ…… 畑に居るその人に一番に伝えたくて。 離婚が成立したことを西島さんに報告した。 西島さんにとって私が離婚したことなど取るに、足らないことだと 分かっていてもどんなことでもいいから何か彼からの言葉が 欲しかったのかもしれない。 私は風が草花を揺らし続ける静寂の中でその時《彼の反応と言葉》を待った。 そしたら、早速西島さんからデートに誘われた。 デートと言い切るには、私の勝手な妄想が随分と入って いるのだけれど。 「じゃあ、今まで遠慮してたのですが、今度雰囲気の良いお店に 飲みに行きましょう。 帰れなくなったら、私の家に泊めてあげますから」 「ありがとうございます。 ぜひ、お供させていただきます」 そう返事をしたあと、私は畑で西島さんの姿を時々視界に入れつつすぐ いつものように作業をし始めた。 自然が醸し出すきれいな空気と、愛でている野菜たちが 閉じ込めようとしても出て来てしまう照れくささをすぐに 取り去ってくれるから。 心から湧いてくる喜びに私は浸った。うれしいお誘いがあって ……好きな人から誘われて …… Happyな気持ちになって …… 私と西島さんは、もちろん将来を約束している恋人同士ではない。 そんな決まりごとの関係なんて、くそくらえだ! 刹那的と言うのは例えが重苦しいからアレだけど、その一瞬々を 思い切りお気に入りの人と楽しく過ごすって何て素敵。 家に帰ったら絶対彼氏のコウと愛娘のミーミが待っててくれて 必ず~おきゃえり~にゃぁさぁ~い~って出迎えてくれる。 I Wish 私が願ってやまなかった幸せがすぐ側にある。 Happy Life...... 素晴らしい人生がI Love People... 愛お し い人たちが I Love My Cats.. そして愛しい猫たち ――――― Forever ―――― ※番外編へと続く→ 65話66話67話
63. 興信所の調査に貴司は落胆を隠せなかった。 きっと、何も事情を知らない調査員がこんな姿を見たら さぞかし不思議がったことだろう。 結果がクロなら分かるが、シロで落ち込むなんて日本中探しても 確実に自分くらいなものだろうから。 ここで往生際の悪いことをしてもどんどん自分だけがドツボに 嵌っていくであろうことはすでにこの頃、貴司は自覚していた。 結局自分だけは不倫や浮気で離婚された悪友たちの二の舞は 踏むまいと先手を打ったものの、ただの足掻きでしかなかったのだ。 どんなにこれからも葵と一緒にいたいと願っても……2度と 葵がこの家に、自分の元に、戻って来ることはないのだ。 葵のいないこれからの生活など貴司には想像もつかない。 今更何をと言われようとも、まだまだ心の整理が必要だ。 ◇ ◇ ◇ ◇ 夫の貴司と会い離婚を突きつけてからほどなくして あっさりと離婚が成立した。 今後私が困らないようにと、財産分与に追加して今までの お詫び料だと言って更に上乗せした分を夫が渡してくれた。 お金に汚い人でなかったことが救いだ。 年金分割も同意してくれた。 円満に話が進んだので、今後は息子たちの親という立場で スムーズにお付き合いできるのかな? と考えている。 『まっ、こればっかりはしようがないものね~』 夫から役所へ離婚届を出したと連絡受けた後、私は大きく深呼吸した。 この日をずっと待っていた。 長かった。 苦しかった。 切なかった。 そして……ようやくすっきりした。 私は小山内(おさない)葵に戻った。
62.遡って仁科貴司が初めて葵の様子を見に畑を訪れた日のこと。 男の自分が見ても水も滴るいい男。 醸し出すオーラからして違っている葵の夫が少し離れた 所に居る。 葵の夫仁科が来た時、たまたま道具と水を取りに行ってた 自分は、2人からはかなりの距離があった。 ふたりの遣り取りの雰囲気から、その場にはいない存在に なるよう努めた。 視界の端でその男を見た瞬間、知らぬ間に昔の思い出の中に ワープしていた。 その場面は子供が幼かった日の運動会で西島の今は亡き妻もいた。 仁科貴司が息子たちを伴って妻である葵と歩く姿を目にすると 余所の奥さんたちは色めきだった。 その様子を見ながら西島の妻は、私はあなたが一番と言ってくれた。 そう言われてうれしかったことを思い出した。 だがあの時、自分は冷静に考えた。 しかし、そんなふうに言ってくれる妻だってどちらに対しても 初対面で、自分かあの男かを選べと言われたなら、きっとあの男を 選ぶだろうと。 それが当然と思えるほどに、仁科は魅力的できれいな男だ。 それでもだ、余所の女房連中がキャーキャー騒ぐ中、あなたが 良いと言ってくれた愛しい妻が偲ばれた。 葵さんも独特の雰囲気を持つ、キュートな女性だ。一切毒のない女性で、派手に着飾って美貌をアピールする でなし、夫の横にいても高慢に振舞うでもなく、しとやかで 清楚な雰囲気を纏い、素敵に見えた。 あの少し毒さえあるような男には、派手で彫りの深い顔に 厚化粧をしているような美人が似合いそうなせいか、皆 奥さん連中は血迷い、 もしかしたら、あのきれいな男の横にいたのは私だったかも しれないと、勘違いしていたのだろう。 そんな雰囲気が彼女たちの言葉や態度から見てとれた。 その様子におかしいやら、あきれるやらしていたのを ふと思い出した。 ◇ ◇ ◇ ◇ 昔の思い出に浸っていたらいつの間にか、葵と貴司の姿が 見えなくなっていた。 仁科貴司はやはり今夜、葵の暮らす家に泊まって いくのだろうかと思った。 昨日は葵からお好み焼きの差し入れがあった。 自分の好きな豚肉がたくさん入っていた。 たくさん持って来てくれていたので、今日はみそ汁を付けて 食べるとするか。 手作りのお
61. 2人の関係は、真っ白と報告が上がってきた。 報告書を受け取った貴司は、加藤なる調査員からトドメのひと言を 言われる始末。「あんな素敵な奥さん、私が欲しいぐらいです。 大切になさって下さい。」 普通の人間なら、ここは喜びほっとするところなのだが 元々目的の方向性の違う貴司はガクっときたのだった。 内心では自分もこんな風な結末だろうことは、分かっていたのに。 念のため、録音したという畑でのふたりの会話を聞いた。 葵の声が弾んでいて楽し気だった。 息子たちと話している時の妻の様子に近いモノがあった。 相手に気を許し心を開いている様子を伺い知ることができた。 長年妻が自分に対してどんなに心を閉ざしていたのか 思い知らされる結果になってしまった。 今更、と言われるかもしれないが、いつの間にかこんなにも 妻の気持ちが自分から離れてしまっていたのだと気付いた。 自分は今まで何人の女たちと関わってきたのだろう。 だが、ひとりとして妻ほどに、自分の心を開いた相手はいない。 だが、どうもその妻に対しても俺は言うほど心を開いては いなかったのかもしれない。 きっと妻の方では俺に対して心と心を通わせ合えるような関係を 構築したかったのかもしれないが、俺は自らそれを打ち壊し続けて きたのだろう。 先日の妻の半端ない決意を聞いてしまった以上、焦るものの 妻に家へ帰って来てほしい、また元の家族で暮らそうと もはや言い出せない貴司なのだった。 ******** 特に主になって調査を進めていた加藤は、畑での男女を知るにつけ 今時珍しい実直な2人のファンになっていた。 ある夕暮れ時に見たふたりの姿が今も瞼に焼き付いている。 女性の方が猫を2匹連れて来ていた日のこと。 ふたりが水筒に入ったお茶で休憩していたら、それぞれの膝の上で 猫たちが一匹ずつ寝てしまい、ふたりは猫をそれぞれ自分の子供に するようにやさしく撫でる。 むろん、ふたりは無言だ。 そこには2人と2匹のやさしいたゆとう時間が流れていた。 男と女。 猫と仔猫。 しばらくの間、4つの存在は切り取られたアルバムの中の写真の ように異次元に飛んでいった。 それは美しく清らかな一枚の絵となった。 この
60. 私が他所の女性と付き合うのを止めるようどんなに頼んでも 分かったと言うだけで馬耳東風、止めようとしなかった夫に 絶望し渇いていた私。 ちょうどその頃、2才を少し過ぎた次男の智也が 台所の椅子に座っている私の側に来て私の頬に キスをしてくれるようになった。 『チュッ』 長男はそんなことをしたことがなかったので最初、すごく 吃驚した。 『₹ャァ ウレピー』 チュッとキスをした後、必ず私に言ってくれた言葉がある。 「おかあさん、しゅきっ ♡」 とてもとても幸せなひとときだった。 それは次男が5才か6才になるまで、結構長い間続いた。 夫からは決して得られない幸せの時間。 私だけを映す次男の瞳がとても愛おしかった。 ** 葵がそんな昔の想い出に浸っていた頃 ** 葵の夫である仁科貴司からの依頼で興信所が動いていた。 ありもしない葵の浮気を暴こうと、男関係を調べていたのである。 敏腕調査員、加藤は確信する。 白、シロ……まっしろ。 仁科貴司の奥さんには一切おかしな行動はない。 加藤と一緒に動いていた若手のスタッフ沢田と玉木も 揃って妻の葵のことをベタ褒め。 『ホレテマウワ』 夫なり妻なりが何か思うところがあって調査依頼して来ると 大抵の場合は、その何かおかしいと思う予感は当たっていることの 方が多いものだ。 今回のように何もないことは本当に珍しい。沢田+玉木: 「「この依頼者の旦那さん、いい奥さんで裏山(うらやば)しいなぁ~♡」」加藤: 「ちゃんと、羨ましいと言えっ」 別居している妻が心配でしようがないようだ。 奥さんは、畑を間借りしていて持ち主である小児科医、西島と よくその畑で一緒になる。 自分たちはその畑の数箇所で2人の会話が拾えるように高性能の ICレコーダーを畑のあちこちに取り付けていた。 後《のち》に回収してその会話を聞いた。 2人の会話はどこにでも転がっているような内容で、時々聞いている 者をもほっこりさせるような楽しくてユーモア溢れる話が あ
59. 「賢也、智也、私ね……愛すべき貴方たちふたりの息子を 授かれたことは本当に私にとって最高のプレゼントだって 思ってる。 だから、夫婦としてお父さんとは上手くいかなかったけど 全てが駄目だったってわけでもなかったと思うの。 今が一番大事だからね、一生懸命前向きに生きるわ。 ここに来るには、ちょっと時間が掛かるけれどいつでも来て。 おいしいモノ作って待ってるから」「ぜひそうする。 ほんと、ここは自然に恵まれていていいところだね。 仕事のことがなかったら、俺もこんなところで暮らしたいよ」 と賢也が言った。 『オレも年とったら、畑してみたい。かあさんがここで 根付いてくれてたら、将来こちらに住む拠点も移しやすそっ。そういう意味でも、かあさん、頑張ってくれよんっ』 と今度は弟の智也が続いて言う。 「西島の父ちゃんがその頃になったら隠居生活に入ってる かもしれんし。譲ってもらえんとも限らんから、おまえ 貯金しっかりしとけっ。」『おっしゃぁ~、お金溜めるべぇ~』 久し振りに会った息子たちはコウやミーミと戯れたり畑へも 一緒に行って野菜を収穫したり、自然を満喫して日曜の午後 帰って行った。 帰ってゆくふたりの背中を見つめ、彼らの行く末が幸多かれと 願わずにはいられなかった。 いつもじゃなくって、瞬間々なんだけどね 幼い頃の息子たちとの日々を思いし懐かしむことがある。 そんな中でも私の荒(すさ)んだ気持ちを解きほぐしてくれた 出来事は私の一生の宝だ。